人工言語から見たアスペクト

実用を考慮すると人工言語は意外に自然言語に近いと前に述べました。 ただ、近くない面もあります。人工なので体系的に作れるため、文法面ではしばしば大きく異なります。 語順だなんだはどこかの自然言語とかぶる点が多いですが、 テンスや強変化する語などは人工言語独特の体系性があります。

そしてアスペクトもその体系性の好例です。 エスペラントでは相は主に3つの分詞を使って表します。 非常に体系的で、完了はint、継続はant、将然(アルカでは将前)はontです。 ちなみに、間のnが抜ければ能動から受動に切り替わります。

ノシロでは相は助動詞に含められます。 助動詞は全てGIから始まり、これも体系的です。 完了はGIKOで、継続はGILで、canを表すGIMAなどと同じ品詞に分類されています。

ここまでの体系性は自然言語には見られません。 自然言語の場合、「完了はekにしよう。経過はそうだな……esにしよう」 などという会議をして作るわけではありません。 英語の現在完了のhave ppも「既に終わった事柄をいま現在所有した状態である」というのがいわゆる原義です。 もはや過去になってしまったものを、haveで現在に引き寄せることによって、 「現在においてたったいま過去になったもの=完了」を表しています。

自分たちはいくつのアスペクトを持とうかだなんて会議を自然言語がすることはありません。 手持ちの語を使ってどうにかアスペクト表現をやりくりしてきたのです。 始めから「完了は必要だよな」と計画され、それを表す音を割り当てられた人工言語とは違います。 自然発生なので、言語によってアスペクトはまちまちです。

ところでアスペクトはどのくらいあるのでしょう。細かく言えばキリがないと思います。 アルカでは5相を挙げましたが、細分化していけばもっと考えられるでしょう。

アルカの5相体系は、中心の経過相に焦点を当てています。 ある行為の中身が経過相であり、その中身には必ず始まりと終わりがあるという考えで、開始と完了があります。 小説に始まりと中身と終わりがあるようなものです。中身が主役扱いです。 そして、開始の前段階と完了の後段階を加えています。これで計5相です。 どの相を焦点化して考察するかということが、こうした相の体系の異同を生んでいると考えられます。

このように、アスペクトの種類は言語ごとにまちまちです。たとえ人工言語でも、です。 いわんや自然言語は種類がまちまちで、しかも前述のように体系的ではありません。 たとえば、フランス語では現在は点的な現在と線的な現在の両方を表します。 でも、過去になると点的な過去は複合過去で表し、線的な過去は半過去で表します。非体系的です。

アルカには5相に対してそれぞれ4時制がありますから、都合20通りの時相の体系的な組み合わせがあります。 更にアオリストを入れると計25種になります。 (注:ここでのアオリストはアルカ文法での意味で、単に点的で段階を考慮しない、 いわばゼロというアスペクトを持った行為を意味します)

この25種は均等に使われません。頻度というものがあります。 多いのはアオリストと完了、そして経過。次に影響が来ます。開始と将前はあまり使われません。 運用の経験上、意外と開始が一番使われないようです。 アルカではアオリスト・完了・経過・影響・将前・開始の順に頻度が高いです。 但し、経過と影響はどっちもどっちです。

アオリストを抜いて純粋なアスペクトのみを考えると、一番重要なのは完了です。 たとえばロシア語は完了か未完了かという違いを非常に意識します。 そしてそれは語彙レベルにも大きな影響を与えています。

したがって、認知言語学における色の階層のように、アスペクトにも序列があるのでしょう。 中でも完了が一番重要です。完了はないけど将前はあるよなんていう言語は恐らくないでしょう。

運用上で現れるアルカの傾向は他の言語にも共通するところがあるようです。 英語でもアルカのアオリストに相当する所謂ふつうの現在形・過去形といったものが一番頻出します。 その次に重要視されるのが完了や経過でしょう。 尚、経過は言語によっては継続や連続を表すこともあります。 アルカは違いますが、英語が進行形がそうですね。

尚、この順列は絶対的なものではありません。 たとえばアオリストと完了のどちらをよく使うかなど、まちまちです。 英語で過去を表すにはふつうアオリストを使いますが、 フランス語の場合、特に口語では現在完了を表す複合過去を使って過去を表したりします(1)。

(1)We got on the train = Nous avons pris le train

「過去」と「完了」が意味的に近いため、「アオリストの過去」と「現在の完了」の区別は難しいです。 そのため、(1)のような事例が出てきます。日本語のタ形も同様です。

また、米語ではDo you have the book?というところを英語ではHave you got the book?といいます。 前者ではアオリスト現在ですが、後者では現在完了になっています。 日本語にすると「あの本持ってる?」なので、ル形ですね。

米語でgotを使うのはたとえば"Got the key?"のような場合です。 日本語にすると「鍵持った?」で、さりげなくタ形に変わっています。 英語の現在完了は米語に比べてネーミング通り現在について言及することもあるということですね。 稀な例ですが、このように「アオリスト現在」と「現在完了」が相互に代替されるケースもあるようです。

自然言語のアスペクトはこのように体系的でないため、代替されたり、一人で何役もしたりします。 上に挙げた他にも、日本語のタ形が過去や完了を表すように。

また、自然言語のアスペクトは同時に網羅的でもないため、 回りくどい言い方をしなければ表せないものもあります。 たとえばアルカの未来開始相ですが、 ixt-otといえば済むところを日本語では「読み始めるだろう」と言わねばなりません。

la lek-on kax arka si salを日本語にすると「彼は1年後にアルカを十分習得しているだろう」ですが、 「~ている」を使っています。 しかしla lek-os kax arka si salでも訳は同じなんですよね。でも、意味は違います。 前者はもう習得を終えていて、紫苑ばりにペラペラになっています。でも後者は学び途中です。 改善するには訳を工夫して「学んでいる途中だろう」などとしないといけませんが、なんだか回りくどいです。

ただ、回りくどいのは自然言語が計画言語ではないからです。 そして何より、そのような瑣末な違いを表す必要性が乏しかったからです。 言語は必要があればどうにでも変わります。 これらの機微が日常的に重要であれば、日本語ももっと違ったアスペクトを持っていたでしょう。

自然言語のアスペクトは非体系的で抜けがあり、しかも一人何役もします。それが人工言語との違いです。 また、人工言語でも、アスペクトの種類は言語ごとに異なります。 自言語を作る際、わざわざ非体系的に作るとは思いませんが、 どのような種類を採用すべきかは熟考されるべきだと思います。

ただ、重要なのは自然言語を下に見ないことだと思います。 これだけ言うと自然言語は何て使いにくく表現不足だろうかと思いますが、 それで生きていく上で十分だからそうしているんです。 必要があれば言い回しを変えたり副詞などを付ければ良いんです。

我々が自然言語のアスペクトから学ぶことは、どのようなアスペクトが頻出して汎用性が高いかを知り、 また、どんな種類のアスペクトがあって、どんな体系を成しているのかを知ることです。 その上で何が本当に自分の言語に必要かを考えることが課題になります。

ところで、実際アスペクトをどうやって設定すればいいでしょうか。 定型というのはないと思いますが、いくつか提示してみたいと思います。

まず、作り方は大きく分けて2つ。 まとまった図が書けるくらい体系的に理論から作る方法。 たとえば経過相が中心にあり、その端に開始と完了があって……というような作り方です。 アルカの方法です。理論が頻度に先行します。

もうひとつは、実際に使われる相の頻度を様々な言語において調べ、よく使われるものを順次選んでいく方法。 このやり方だと上で述べた完了を頂点とする序列の中から選んでいくことになると思います。 長所は、使う分だけ相があるという実効性の良さ。 短所は、選択によっては終わりの完了があるのに始まりの開始がない可能性があるといった体系性の悪さ。 で、方法としてはこの2つではないでしょうか。

次にアスペクトの表現手段ですが、これも様々です。 まず、アルカのように相を専門に表す品詞を設ける方法があります。 また、専門の品詞はないけれど、接辞を付けたり屈折させて相を表す方法もあります。 ex:(F)chanter(現在)→chanterai(単純未来)

更に、ノシロのように相を表す専用の品詞を持たない言語もあります。 副詞や助動詞で相を表すようなタイプです。 また、英語の完了形やフランス語の複合過去みたいに、語の組み合わせで表現する方法もあります。

あと考えられるとしたら統語で相を表すくらいですか。たとえば語順で。倒置したら完了、とか。 でも、人工言語としては語順を相なんかに使ってしまうくらいなら、 他の重要な情報の伝達に使ったほうが効率的でしょう。

私がやりたくないのは2番目の屈折型です。覚えるのが面倒な上に、辞書が引きにくくなるので。 私のお勧めは1番か3番です。ではどちらがいいかというと、それはアスペクトの数によると思います。

仮に1番を選ぶなら、アスペクトはそれなりの数があったほうがいいと思います。 せっかく専門の品詞なり語なりを作るわけですから少ないと勿体無いです。 完了と経過だけ特別の品詞を使って、あと残りは副詞で表すなどというやり方は覚えづらいです。 それなら始めから全部副詞のほうが分かりやすいのではないでしょうか。

基本的に複数の方法を混ぜるというのは混乱しやすいのでお勧めできません。 フランス語は複合過去は組み合わせで表しますが、単純未来は単語レベルで表します。 こういう風に混ぜこぜすることが自然言語には多いですが、複雑なので人工言語では避けたほうが無難です。 どうせやるなら組み合わせオンリーのように、整合性を持たせたほうがいいと思います。

ただ、あまり潔癖なのもどうかと思います。 アルカは5相は時相詞で表しますが、完了相に至る直前の段階を表すには副詞の力を借ります。 普段は相のニュアンスをそんなに細かく意識しないからです。 詳細に述べたいときだけできるようなシステムにしています。

当然、時相詞をなくして副詞だけで表現するという方法もあります。 かなり便利なんじゃないですかね。羨ましいシステムです。 自然言語にはアスペクトどころかテンスも必須項でないという言語があります。 時間を表す副詞があればテンスの代わりとして十分だ、と。なるほど確かに。

アルカはテンスもアスペクトも必須です。 アスペクトは一見必須でないように思えますが、何もなければアオリストなので、 実はゼロというアスペクトが存在しています。 一々時相詞を付けないと動詞が成立しないため、面倒です。

面白いことにこういう不備っていうのはいくら作成者が使用者を束縛しようとしても無駄なんですね。 いや、それは最悪私のオーソリティの問題かもしれませんが……。

実際、アルカでは不定詞を動詞として使います。 「来て」はket-alですが、ket,ketと平気でいいます。 本来その形だと「来られた場所」という意味になるはずなんですが、誰もその意味で取りません。

去年(2005)の12月中旬くらいですかね、この用法が急激に広まったのは。 既に「不定詞命令文と-ac,-alとの対照」という内容の論文が第2・3・11使徒からこっちに上がってきています。 ketはket-alのただの省略だったのに、もはや別のニュアンスだそうです。

たとえば群集が犯罪者の死刑を囲んで叫ぶ号令はset!set!のほうが適切だそうで、 set-ac!だと号令っぽくないそうです。 また、ket-alよりもket,ketとすばやく言うほうが「ちょっと来て」というニュアンスを出せるそうです。 中国語の「看看(ちょっと見て)」「爾看一看」に近いものがありますね。 壁際から覗いていて目標が見えたとき、仲間に「ほらちょっと来て」という感じで 手招きするときはket,ketが自然だそうです。 言われてみればやってるなぁと思いました。

どう設計するかは言語の運命を決める重要な決定ですが、あまり神経質にならないことが重要だと思います。 自分ひとりでも家族友達間でもいいので、とにかくできたら使ってみると、不備に気付いて変わっていきます。 逆に、どんなに作りこんでも机上の空論のままでは不備はいつまでも解消されません。

私が仮に他に言語を作れといわれたら、 今度はアスペクトについては特定の品詞を設けないやり方でやりたいものです。 テンスとアスペクトを必須項にしない方法です。便利そうだ……。

アルカの場合、時相詞がないと動詞を作れないというのは欠点ですが、 逆に時相詞があるからこそ動詞と形容詞と名詞は全て同形で、 無駄に派生語を作ったり覚えたりする必要がありません。 そういう意味では時相詞はアルカにとって薬なのですが、確かに時相詞のない言語というのも面白いものです。

私は比較的人工言語の作り方の際、自然言語を礼賛することが多いです。実用しなきゃいけないので。 グモソなどの趣味言語の場合、わりと破格なことをしますが、 作っていて愛着が沸けば使いたくなるのが人情じゃないでしょうか。 そして実際に使ってみると、自分の破格言語が使いにくいと知ると思います。 逆に自然言語の凄さというか「巧くできてるなぁ」感が得られると思います。 何度私はそれで「だったら英語でいいじゃん」と思ったことか。 とても任務でなければやってられません。

そんな自然言語ですが、ことアスペクトに関しては私は自然でなく人工的なやり方に傾倒しています。