目的による分類

自然言語と違って人工言語は意図的に作られたものであるから、そこには目的がある。 自然言語ができたのは人間が生きる上で必要としたからに他ならないが、 人工言語はそれぞれ異なった目的や機能を持つ。

たとえば世界がひとつの人工言語を採択した場合どうなるか。 人工言語を異民族間で使うことによって言語の壁を崩すことができる。 英語による支配が消え、日本人は英語を学ぶ時間を他の勉強に充当できる。 支配と被支配者の言語が同じになることにより、言葉による差別が消滅する。 翻訳の必要性がなくなり、学術論文をいち早く書き、読むことができる。 これは人工言語のひとつの機能であり、目的である。

ザメンホフは少年時代に人類共通の言語を夢見た。

それは特定の民族の言語であってはならない。 特定の民族の言語を人類全体におしつけることは公正でない。三宅(昭51)

エスペラントの創始者は異民族間の言語差別を受けるにあたってこのような思想に至った。 彼は人工言語に人類共通の言語としての目的を望んだ。

このように、まず人工言語における機能は世界の共通語である。 これは先に述べた様々な言葉で表される。 国際語、国際補助語、世界共通語、人工国際語など、枚挙に暇がない。

いずれにせよ、これらに共通しているのは広範囲に渡って多民族間で使われることを目標とすることである。 そのためには普及が必要である。普及という言葉さえ流布、浸透など色々な呼び方で呼ぶ人があるが、 本論では取りまとめて普及と呼び、普及を目的とする人工言語を普及型と呼ぶ。 英語は自然言語なのでどれだけ普及しても普及型とは呼ばないので注意。

普及型の普及規模は言語によって異なる。全世界をあまねく統べようとするものが理論上最大規模である。 だが、それは実践的な手段でないため、普及型の多くは全世界の全人口を対象としないのが一般的である。 また、人工言語を普及させたら元々存在していた自然言語を食いつぶすといったことも一般的にしない。 自然言語との共存を望む言語が多く、エスペラントはまさにその好例である。

「人工言語を世界中に普及させ、全ての人間に使用させ、自然言語を滅ぼす――それが人工言語だ。」 というのは誤謬である。

また、人工言語は作られた時点では関係者以外誰もその言語について知らない。 それゆえ、暗号目的として作られることがある。 これは殆ど知られていない自然言語を使っても同じ効果が期待できる。

第二次世界大戦中、米軍はナボホ語を暗号として使用していた。 当時ナボホ語を理解できる言語学者は殆どいなかったため、採用された。 人工言語は関係者以外知らないので、使用者が文法と語彙を記憶できれば暗号として機能する。 一般の暗号は最新式のものであれ、解読してしまえば自然言語か数字列に変換される。 ところが人工言語を暗号にした場合、解読しても人工言語のままなので、翻訳資料がないと見破れない。 このように、人工言語には暗号としての目的もある。この目的の言語を暗号型と称する。

暗号と聞くと組織や軍隊を想像しがちだが、 それがもっと小規模かつ仲間内の合言葉のように使われた場合は何と呼ぶべきだろうか。 若者言葉や女子高生言葉や社内の隠語の類はその集団に属する成員の帰属意識を高める効果がある。 その集団に属しながらその言葉を使わないと倦厭される傾向にある。 集団への帰属意識を高めるための言葉は暗号ではなく符牒と呼ぶのが適切である。 女子高生言葉は自然言語に他ならないが、もしこれが人工言語ならば、また違う目的を持った型と呼べる。 集団の帰属意識を高める目的の人工言語を符牒型と称する。 女子高生言葉は自然言語の一位相なので排他性は弱く、帰属意識を高める効果も比例して弱い。 だが、人工言語の場合はひとつの言語なので排他性が高く、帰属意識を高める効果は強い。

人工言語を小説などの著作物に利用することもできる。 小説で異民族や異世界を創造したとき、見知った自然言語がそこで話されているのは不自然である。 小説の世界のリアリティを高めるために人工言語を作ることがある。 トールキンの『指輪物語』では、作中で人工言語が登場するが、将にこのタイプである。 こうした世界観の演出を目的とする人工言語を演出型と称する。

これに対して学問の研究資料として作られた人工言語もある。 ヴィトゲンシュタインの人工言語学派の考えで産出された人工言語はこれに当たる。 研究資料として作られた人工言語には、言語学的に破格と言われている言語構造を敢えて作り、 それが人間にとって利用可能であるかを考察するためのものがある。

他にも開音節ばかりの言語と閉音節ばかりの言語を作り、日本人に聞かせ、 どちらがより聞き取れるかを調べるために作られた一過性の言語もある。 これらの言語は日常的な運用を求められておらず、学問上の実用を求められている。 こうした目的の人工言語を研究型と称する。

また、語学好きが高じ、人工言語を作る作業そのものが好きで作った趣味や遊びとしての 人工言語も研究型に含まれる。研究対象が人工言語そのものになっているだけだからである。 研究型は大抵破格的であり、実用される言語とは性格が異なることが多い。

つぶさに分類すれば他にも型はあるだろう。 また、ひとつに型に収まらずに複数の型の性質を持つものもあるだろう。 ただ、人工言語を目的に応じて分類するとこれだけの型に分けることができる。

一般的に言って普及型が最も自然言語に近い。 というのも広めるには人間が慣れ親しんだ、そして実用可能な構造を持っていなければならないからである。 エスペラントやイドやインテルリングアなどといった普及型はいずれも自然言語によく似た後験語である。 一方、その対極にあるのが研究型である。日常的な運用を始めから考慮していないので、 破格な性質を持ちやすく、そのため最も非自然言語的である。

三宅忠平(昭51)『エスペラントの話』大学書林13pp.